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栄の島炭鉱

長崎県 佐世保市 小佐々町。

佐世保市街地から佐々浦を挟んだ北西側には、
大小多くの島が浮かんでおり、入り組んだ独特の景観を成している。

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その中の1つに永ノ島という名の小さな無人島があり、
かつては炭鉱が石炭を産出していた。
現在では時折、釣り人が上陸する程度の静かな島である。
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矢岳炭鉱のホッパーが横たわる臼の浦港より出港し、
およそ15分で島影から無機質なコンクリートの廃墟が姿を現す。
上陸ポイント、選炭場である。
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永ノ島のシンボル、廃漁船が出迎える。
選炭場は広い空き地と化しているが足元にはコンクリートの地面。
内陸側には、原炭ポケット、捲揚機台座とみられる遺構が
コンクリート部分のみを残して佇んでいる。
島の地形に合わせてうまく設備が配置されている。
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西側にはボタ山がそびえていたのだろうか、
黒々とした海岸と崖が確認できる。
この辺りには旧坑口が3ヶ所あったはずだが
埋め立てられているのだろう、いずれも確認する事は出来なかった。
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東側の鉱業所跡地へ移動してみる。
まずは、四角い水平坑が木陰の間から姿を見せる。
港に近い事などを考慮し、材料坑口だと予想する。
内部は台形の壁が3m程度続いた後、素掘りへと変化している。
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人手が入らない鉱業所は木々が好き勝手に侵食している。
手前の階段と門柱跡は、いわば鉱業所の正門だったのだろう。
陸続きでなくても明確に鉱業所内外を区別することで、
鉱夫たちに公私を区別させていたのかもしれない。
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その向こう側にある四角い建物、
風光明媚な湾の景色を望むボットン便所である。
石積みの護岸に丸い排管、説明しなくてもよかろう…。
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その向こう側にはコンクリートの杭が並んでおり、
ここに石炭の運搬船が横付けされたことを物語っている。
喧騒とは程遠い穏やかな湾では真珠らしき養殖が行われている。
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そのすぐ内陸側には大型の精炭ホッパーが横たわっている。
選炭場側の形状が坂になっており、こちら側からコンベアを用いて
選炭場から送られて来る精炭を流し込んでいたのだろう。
b1981.jpg
ホッパーの東側には変電所のような建物が併設されているが、
内部を見ると巻座のような基礎が確認出来る。
b1460.jpg
精炭ホッパーの裏側には排気坑が佇んでいる。
内部は崩落しており、周囲にも排気坑を連想させる物はない。
確かに地質図には排気坑と明記されているのだが…。
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更に島の東側に回り込むと新坑と呼ばれる水平坑が存在している。
どちらもシンプルな構造であり、装飾などは一切ない。
それどころか採炭に使われた様子が全くない。
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新坑の前には正門と同じ様な階段が残されている。
こちらも階段を下りた先には海しかない。

山の上に移動してみる。
昔の航空写真には山頂付近に2つの建物の影が見て取れる。
まず1つ目の建物は変電所。
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とてもシンプルなコンクリート建築であり、
外見からは何の建物か分からない。
壁の碍子穴や床の溝が判断材料であるが、
それも目立たない程度にしか設置されておらず小規模。
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2つ目の建物も外見からは用途の判断が出来ない。
内部を見ると、大小2つの窪みが確認出来る。
捲座と見て間違いないだろう。
1つ目の建物は、捲揚機の為の変電施設であろう。
それにしても、無人島の炭鉱である為、閉山直後の設備が
そのまま残されている状態を期待したが、
変電所も捲座もご覧のとおり。
金属をリサイクルする費用の方が
島からの搬出コストよりも高価だったのだろう。

なぜこんなところに捲座が?
捲いている先を辿って下ってみると状況が明らかとなる。
直線ではなく、山の形状に合わせて捲揚線が右にカーブを切っているのだ。
狭い島ならではの配置である。
トロッコ線路の間にプーリーといった具合だろう。

捲揚線が下った先を更に辿って行くとついに、
栄の島炭鉱の主要坑口が姿を現す。
五尺坑と呼ばれる斜坑である。
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こちらも胸壁のみのシンプルな造りではあるものの、
扁額が付いているだけで坑口全体が引き締まって見える。
閉山後に崩れてきた土砂が坑口の下半分を埋め、
閉山後に育った木が大きな根を張り、坑口に絡み付こうとしている。
b1468.jpg
扁額の大理石には大き目の文字で「五尺坑」と刻まれているが、
その名の通り、松浦半島周辺でお馴染みの大瀬五尺層に着炭している。
扁額をはめ込む部分には、コンクリートの窪みがつけられ、
C面取り処理されてている。
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すぐ隣には同じデザインの連卸坑口が佇んでいる。
こちらはしっかりと封止処理がなされている。
恐らく本卸の方は既に崩落していた為、封止の必要がなかったのだろう。
ということは閉山後しばらくして封止されたか、
もしくは閉山前に本卸が崩落していた事になる。
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こんなに大きな連卸坑口。
人車による人員輸送がなされていたのだろうか。
変額がなければ、どちらが本卸か区別に迷う筈である。

確認が取れなかった旧坑口は明治時代に拓かれたものだろう。
昭和31年、栗山鉱業が採炭を再開するも、
五尺層が永ノ島、小佐々断層により途切れて以降、出炭が滞る。
昭和42年、閉山を迎える。
施設の規模の割にはあまりにも短すぎる稼働期間であった。

b1471.jpg
稼働期間の割に坑口の数が多く、炭層探しに苦労した印象を受ける。
やっと着炭した五尺坑の扁額は「本卸」ではなく「五尺坑」。
炭層着炭の思い入れがあったからなのだろうか?
そして、小島の炭鉱は狭い土地を有効に使用する工夫がありとても興味深い。
再訪を予期しながら小さな無人島を後にする。
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  1. 2015/01/24(土) |
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